Y氏が三十九歳になったある秋の日、いつものように病棟の回診に向かった彼は突然、激しい動悸とめまいに襲われ、廊下に倒れてしまった。すぐに他の内科医の手で病室に移され、数日入院して検査を受けたが体に異常はなかった。しかし、病棟に行くと動悸がして体が緊張し、冷や汗が出て仕事にならなかった。死への不安と誘惑にがられた彼は精神科を受診し、ストレスをボディーブローのように受け続けた結果としての心の病気、と診断された。自ら死の恐怖を体験してみて初めてY氏は、告知はいいことだったのだろうか、と迷うようになった。死の予感におびえながら過ごしていたはずの多くの患者たちの気持ちがようやく肌で理解できたような気がした。Y氏長吉、四十歳。心の病気はまだ回復していない。癌患者を扱わない部門に配置転換してもらい、精神科の薬を飲み続けている。話はY氏のような医師の場合に限らない。優しい心と丈夫な体の両立は、実はとても難しいことなのだ。自転車でのんびりと病院に通勤しながらY氏は思う。あのまま東京でサラリーマンになっていたら、自分の発病はもっとずっと早かったであろうと。そして、病気になってかえって素直になった心の底から、ストレスにさらされ続けている都会の優しきサラリーマンたちに幸あれと祈っている。